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ぼんやりとしていたらフッと7月になっていた。6月の中頃から本当に暇になってしまって、やるべきことなんてものはほとんどなくなってしまった。いや、今のうちにやっておくべきことはたくさんある。間違いなくあると思う。全て後回しにしていて、行動にうつすこともなくぼんやりと多分あれしたほうがいいんだろうなーといった感じにしている。多分自分は一生こんな感じなんだろうなと思う。どうにかしなくちゃいけない。

 

 

最近は自分がどうなりたかったのかがわからなくなってきている。それだけじゃない、自分のなかでこうしたいとかこうすべきだと思っていたこと全てが疑問に思えてくるようになった。全てに靄がかかってなにも見えないしわからない。毎日毎日とくになにかをしているわけでもないのに、なにかをしたような、なにかを知ったような気になっている。毎日必ずなにかを失っているはずなのに。

 

 

誰かが「〜な人が好き」と言っているのを見るたび自分にその特徴があるか、ない場合はその特徴を身につけようかと思ってしまう。そう思ってすぐにくだらない気持ち悪いと思う。その特徴を手に入れてどうしたいんだ。手に入れたところでそこにはどうしても"まがいもの"感がでるんじゃないか。その"まがいもの"感は間違いなくにおう。私自身その"まがいもの"感が本当に苦手だ。なんとなく相手を食い物にしてやろうということを感じるからかもしれない。全方位に好かれるなんて無理だ。わかっているのに誰からも好かれたいと思うなんてな。

 

 

性別でくくられてしまうことは仕方ないとわかっているのに、ふとしたことで悲しくなってしまう。何にでも「〜女子」とつけられてしまうことだとか。この基準が自分の中ですらわからない。仕方ないと諦めるしかないのか。わからない。仕方ないって人に言うのは良くても自分で自分に言うことはしたくないはずなのに。

 

 

相変わらず不安になるたび将来について考える。結婚をするかしないかからはじまる。最近は結婚を少しは信用するようになってきたので年を重ねたのだなと感じた。なんとなく自分はいつかパートのおばちゃんになるんだって思っていた。ならない、なれない気がする。私は仕事を辞めないだろうし(現時点ではそのつもりだ)、結婚や出産すらも不明だ。主婦になるという選択肢がない。

そういえば最近なんとなく思ったんですけど、人間が働く理由の一つに「生産活動を行いたいから」ということがあるのかもしれない。消費活動ばかりでなく自分で何かを生み出している実感がほしい。いまの私は喉から手が出るほどほしいよ。

おそらく土地を買うことも家を建てることもないだろう。お金のことを考えるのが好きじゃない。必要なのはわかっているし考えたほうがいいこともわかっているが、お金中心に考えるといろいろなことが私はできなくなる。だからお金を中心にしていろいろ考えることが苦手だ。

 

 

あー、良かった話をします。

可愛いワンピースを買った。

湖水浴に行く予定ができた。

5年ぶりくらいに女王蜂のライブに行った。しかもめっちゃ良かった。

果物をよく食べている。

 

おわります。

 

ハリーポッターシリーズとの距離感

さまざまな「なぜ?どうして?」が首をもたげてくる3時。肩こりなのか?わからないけれど、とにかく首やら肩やらが痛い、そして重い。

合わないから環境を変える、それが多くの場合で面倒であったり負担であるのにも関わらず実行できる人はすごいと個人的には思う。ので、その人たちを否定する人を見るたびに私は実行したことについて褒め称えようと思う。実行するのは素晴らしいよ、偉いよ。

 

ところで、みなさんはハリーポッターシリーズはお好きですか。

 

先日元恋人と別れ話をする際、雑談の中でハリーポッターシリーズをネタにしてバズったツイートを見せられたのだけれど、私はハリーポッターシリーズをほとんどみていないのでネタがわからず、曖昧に微笑むだけだった。ちなみにこの系統でいくとコナン映画やクレヨンしんちゃん映画、ドラえもん映画、ポケモン映画などはそれぞれ1〜2作ほどしか知らない上にほとんど内容を覚えていない。幼い頃はアンパンマンもみていなかったらしい。それは幼い頃から早起きができなかったからだけど。ずっと寝てた。本当にずっと寝てた。今でもだな。

ハリーポッターシリーズは幼い私には登場人物が多すぎて、あとクラス?チーム?別なのがいまいちわからず、没頭することができなかった。そしてなんとなくそれについて負い目を感じている。周りでは本当に流行っていたし、子どもだけで映画をみにいくという話も聞いた。いまだにみんなハリーポッターシリーズの話するし。

今更ハリーポッターシリーズの世界に入る勇気も出ず、しかし世の中は確実にハリーポッターシリーズの世界に興味を持ちエンターテイメントとして地位を築いている。USJが楽しめない。

ちなみにUSJには一度しか行ったことがない。しかも修学旅行。テーマパーク大好きなのにな。バックトゥザフューチャーが大好きすぎてあのアトラクションに連続で乗った。大好き。バックトゥザフューチャーの記念メダルとかまだ大事に持ってる。デロリアンのラジコン欲しい。

ハリーポッターシリーズは本当に身近なとこにまできている。姿形は見えずとも、すぐそこまできている。みんな笑顔で横文字を並べる。わからん、何だその横文字は。教えてくれ、置いてかないでくれ。教えられても覚えられないんだけど。

ハリーポッターシリーズはドラゴンフルーツみたいなものだ。スーパーなどで見かけるが食べたことがないし味の想像もできない異国のもの。近いようで遠い。

やはり1作目から映画をみるべきだろうか?それとも本?でもあまり興味がない。チャンスが巡ってくるといいんだけど。

私もエンターテイメント楽しみたい。

「一人でいるときの自分と誰かといるときの自分を同じにしなくちゃいけない」らしい

‪「一人でいるときの自分と誰かといるときの自分を同じにしなくちゃいけない」という話をきいた。難しいな。私は一人でいるときの自分のほうが好きだけれど、それが受け入れてもらえるのかは微妙だ。一人でいるときは誰かといるときよりも暗い。ツイッターの自分は一人でいるときの自分の状態に近い気がする。いつもではないし自分の考え方なんてコロコロと変わるので一概には言えないのですが。一人でいるときの自分は人に見せられたものではないので何かを隔てるくらいが丁度いい。

 

一人でいるときの考え方は偏っているよなと思うし、それを誰かといるときに出してしまったら距離を置かれてしまうような気がする。誰かといるときにはなるべく快活そうに自信があるように見られたい。そっちのが便利そうだから。しかしあまりにも一人でいるときの自分との差がありすぎて、後から自分がまたわけわからなくなることもある。一人でいるときは自分について少しでも理解しようとあれこれ考えるのに、その考えが見事に誰かといるときの自分によって粉砕される。こういったことがよくある。困る。なるべく悩まず気分よく生活したい。後悔したくないんだけどな。

 

なんだかいつも面白くない内容になる。なぜ自分がいつも苦しく思っているのかがわからない。私の人生はいたって普通だ。家庭環境も普通だし、小中学ではいじめられたが身体的ダメージを伴うものはなく、壮絶とは言えない程度のものだった。まあ本当にどこにでもある取るに足りないこと。その後の学生生活だって普通だ。どこでこうなったんだろうな。

 

今後はなんとか一人でいるときの自分と誰かといるときの自分を一緒にしたい。どちらかに偏るのではなく、折衷案を見つけたい。

別れた話

恋人と別れ、ああもういろんなことに気を揉まなくていいんだと思うとホッとした。常に連絡をしなくちゃいけないかもしれないという焦りから解放された。別れを切り出したのは相手からだった。間違いなく悪いのは私のほうだ。

会った瞬間に「やせた?」と聞いてきたけれど痩せたんじゃなくてやつれたんだし、前髪を切ったからいつもと違って見えたんだよ。元恋人は気づかなかったけれど、2週間ぶりに会う人たちは気づいてくれた。多分だけれど、元恋人と私は合わなかったんだろうな。

 

ここ数年間にも何人かと付き合って別れた。大抵がワクワクもなくただ存在するだけといった感じで、ワクワク感の伴うお付き合いは1人くらいだったと思う。会うのが億劫に感じ、ストレスになるのはなぜだろう。18歳あたりからは本当に恋愛がそばにあり、好意を向けたし向けられた。にしても本当に連絡を取り合うのが苦手すぎる。即レスされると戸惑ってしまうがそれが普通なんだろうなと思う。なんとか頑張って即レスすることもあるが10分続けるのでもう限界だ。そもそも無理だからさ…。SNSの発展には感謝したいが最近開催されていたSNS展の展示のようにはあまり思わない。煩わしいと感じることの方が多い。

 

恋人と別れたことで、ああいよいよ私はこの土地から離れるんだろうなと強く感じた。新しい場所の住所、都道府県以下についてはもう両親以外には教えたくないと今は思っている。いや、もしかしたら本当にごくわずかいる友人数人には教えるかもしれない。わかんないけど。

新しいことがしたい。

5月も終わりだ

長袖と半袖をいったりきたりしている。暑くなってきたので先日衣替えをした。夏でも長袖を着るので今のところそこまで困っていない。しかし夏に着る長袖はシャツが多いのでアイロンをかける量が増えて面倒だなと思う。アイロンをかけるのは好きなほうだけど。UVカットできるカーディガンを買い直さなければならない。カーディガンでUVカットができるなんてすごい。また手の甲だけ焼ける。宝飾店の人がするような手ぶくろでもしようかな。

 

実家のクロスは拭いても拭いても拭いても拭いても汚れが浮き上がってくる。どうやっても落ちない汚れ。クロスを変えるということでしか解決できないらしい。人間みたいだなと思う。

 

最近はどんな出来事も人間みたいだとか人生みたいだとか人間関係みたいだと思う。当てはめてみることにどんな意味があるんだろう。滑稽だよな、何にも知らないくせに。どういう意味だかさっぱりわからない。

 

コーヒーショップで見かけたクッキーのレシピでクッキーを焼いた。ココアクッキーの中にチョコレートチップが入っている。焼いたときに生地が広がって大きな歪なクッキーが焼きあがった。このままだと食べるとき困るなと思って温かいうちに包丁で切っておいた。クッキーは焼きたてより冷ましたもののほうが美味しいなと個人的には思う。今回のこのクッキーは当たりだった。コーヒーショップありがとう。美味しいクッキー!!!!!!

 

ベッドの上には枕と掛布団以外置きたくないと思いながらぬいぐるみやら抱き枕やら本やらが転がっている。

 

夜の気候が気持ちいい。

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5/27 - 試験後

全く試験ができず、ああもう終わりだ…もうダメだ…となった。むちゃくちゃタバコが吸いたくなってタバコを買って吸ってみるけれど久々すぎてうまく吸えなかった。アホらしい。

今までで一番タバコがまずかった。

 

だるい。もうしばらくは何もしたくない。好きなことだけしたい。ゆるく冷房のはいった明るすぎない部屋でぼんやりしたい。

 

最近は眠れているのか眠れていないのか曖昧な感じが続いている。以前のように眠ったなあという満足感がない。そこだけ記憶が抜け落ちているだけなのかと思うくらい。ウケる。

 

書きたい気持ちはあるのに書けないな。ありゃりゃ。犬に会いたい。

5/25 - 枠

友人たちのインスタストーリーには日々同期との楽しげな様子、電車内での写真に添えられた憂鬱そうなもう無理だといった文面、ウチらマジ変人といった内容が並んでいる。同期らしき人たちとカラオケで肩を組んでGReeeeNのキセキを合唱していた。あっ無理、と思った。

青春の違いかもな。

 

狭い単身用の部屋でのカップルのことについて歌ったものなんて使用済みのゴムをペチペチ振り回しているようなもんだよなって時々思う。行為についてやたら語る人を見るとうんざりするのと同じ感じがする。割とうんざりするほど使われてきた題材のはずなのにまだこれほど支持を得られて、時にはいいじゃないかと思えるのは不思議なものだな。湯船に一緒に浸かっただとかどうとかさ。恋愛についての歌は大抵同じ感じがする。恋愛って割と共通認識のもとにあるのかな。そんなはずないと思っているけれど。恋愛はあまりにもあらゆる題材にされすぎていて、そういった題材から知らぬ間に吸収しすぎて、よく言われる恋愛という枠組みだけで判断してしまっているのかもしれない。いや、わからん。

 

説明があるというのはありがたいとも思うが、説明されすぎると鬱陶しいなあとも思う。受け手に委ねてしまえばいいのにねと美術館での説明が多いキャプションを見ながらたまに思う。

そういう意味では国立国際美術館でやっていた「トラベラー展」は説明がなかった。本当になかった。笑えるくらいに。しかし決して見所がないわけでもなく、半分見るのに3時間かかった。ウケる。実を言うと全てを見ることができなかった。後日再訪しようと思っていたができず、そのまま終わってしまった。一応駆け足でサラリと流し見たけれど不十分だ。惜しいことをしましたなぁ。説明がある、しすぎるのは正しく見てほしいだとか全て受け取ってほしいという気持ちがあるのかもしれないな。枠組みを決めてしまうことが絶対悪ではない。