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GWのどこかの日の出掛けた記録

滋賀県近江八幡市に行ってきた。三方よしの近江商人の街。

 

長い長い渋滞を宇多田ヒカルの新しいアルバムをリピートし続けながら乗り越え、お昼ごはんは手軽にSAで済ませ、やっとたどり着いた近江八幡。駐車場はどこも満車。細い道は激混み。前に進まぬ車。どう考えても目的の場所にたどり着けそうにない。抜けて逸れて違うルートで行きました。

バームクーヘンで有名なクラブハリエはもちろんたねやもカフェも併設されているという「ラ コリーナ近江八幡

庭がきれいとのこと。ジブリのような感じの可愛らしいところ。良い天気の中で幼児が遊んでいるのを見ながら一通り眺め、といってもだいたい10分ほどで満足。お土産でも買って帰ろう、といった感じで。

 

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=ラ コリーナ近江八幡

 

人が多すぎて何も買えませんでした!

 

美しい何か

個人的に人間として好きな人が美しい何かを愛し大切にしていて、私にもそういうものがあるだろうか、と考えだしたのがそもそものはじまり。

 

私は自分の好きな音楽を誠実でないというか人間性をどうにも受け入れられない人が聴きはじめてあーだこーだ言われるのがとてつもなく嫌いなんです。ずっと何でこんなに嫌いなのかな、と考えていたんですけど、おそらくその音楽が自分の中で美しく個人的感情の上で大切なもので、ある一定の人たちに言及されることによって汚されたように感じているのかもしれないな、と思ったんです。他にも、自分が好きで好きで仕方がなくて美しいと感じているものについて、他人から何かを言われることで汚されたように感じることがあり、それによってその美しい何かから離れてしまうこともありました。まだ誰も触れられないほどのものになっていない状態でいるから余計に汚されたとか考えているのかもしれないけれど。言及されることによって汚されたと思うのって、本当に一部の自分にとってどうにも無理な人だけではあるのですが。

何にせよ、自分にとって美しい何かは存在すること、そしてその美しい何かを汚されたくないということ、汚されたくなければ誰にも見せず一人で楽しむことがわかりました。今のところの私の信じている美しい何かは実体がないから良いです。そして、私はその美しい何かがどう美しいのか、どの部分がそこまで自分の心を揺さぶるのかは私だけの感情であり私だけが知っているということを理解する必要があると思いました。

いつかは自分の手で美しい何かを作ってそれを愛でていきたい。

 

4/30

書くことがない。なくはない。まとまらない。話したいのに話すだけの元気がない。お題をもらったのにも関わらずそれについて書けなかった。申し訳ない気持ちがありながらも、別のことについて。ごめんなさい。

 

孤独について、私は森の中にただ1人っきり、というような孤独はおそらく無理だと思った。私が望んでいるのは、人々の生活の中にいながら他人との交流を排除するようなものだと気付いた。単純に人がいないと怖いんだけどね。人がいないと怖いけれど、人がいるとうっとうしい。なんともわがままだと思う。

なので、一人暮らしで1週間ほど他人との会話は買い物のときだけ、みたいなものが理想なんだと思う。人と住むということはとても難しく大変だと思うし相手にきっと迷惑をかけてしまうだろうな、と思う。情けないのだけれど、イライラしやすいし勝手に落ち込んでふさぎ込むことがよくあるので。

 

なんとなく数時間前に知り合いと連絡をとるのが嫌になってきて、これはたびたびやってくることなのだけれど、まあとにかく無理。きっかけは、友だちに陰口をさんざん言われていたことを思い出した上にその友だちが今は何もなかったかのように連絡をしてくることが不快だったから。くだらない。本当にくだらない。

こうして友だちは減るしコミュニティでは上手く人間関係に馴染めないしでよろしくないと思う。コミュニティが嫌いというよりはコミュニティ内で話をするときに自分が最もなりたくない自分になっていて、その自分が嫌いだからそのコミュニティに行きたくないしそのコミュニティ内の人と関わりたくないのだけれど。

ラインを数件返したらまたひとまず連絡を絶っておこうと思う。支障はないだろうし。

 

最近は暖かい。よく歩いている。花をたくさん見ることができるから楽しい。早起きすることが大切なのはわかるけれどいつも夜ふかしをしてしまう。朝活ができるようになりたい。朝活はカッコいい。

4/17

いつになったらまともになれるのか、いつになったら自分の話をしてから嫌な気分になって自己嫌悪を繰り返さずにすむのか、いつになったら自分を認められるのか、いつになったら面白い人間になれるのか、いつになったら魅力的な人間になれるのか、いつになったら自分の話をペラペラと話さずにいられるようになるのか、いつになったら人の話をちゃんと聞けるようになるのか、いつになったらちゃんと本を読めるようになるのか、いつになったら、いつになったら、いつになったら、が終わらない

満足のいく自分になりたい、理想の自分になりたい、自分だけが信じる自分だけの美しさがほしい

人の気配を感じない街

路上に雪が残っている。道は果てしなく真っ直ぐで街灯がひたすら並んでいる。車はほとんど走っていない。人の気配を感じない。そんな街にいる。

 

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何かと嫌になって逃げてきた。周りに何一つちゃんとした説明をせず、行き場所は言っていたけれど、誰もがそこに行くだなんて思っていなかったらしい。よく嘘と事実を混ぜて話しているからかもしれない。事実を事実として受け取ってもらえないよう仕向けていたとも言える。そっちのが面白いかな、って思って!

 逃げてきただけで、特に目的はなかった。人に会いに来たのがおそらく一番の理由だと思う。

 

普通に道を歩いていても人の話し声は聞こえない、周りに人がいるのに。寒いと人間は無口になるのかな。

私は寒い空気感はとても好きだし、その寒い場所で作られる寒々しいものたちを愛している。なぜ寒いところで育った人の作るものはあの独特の寒々しい空気をまとっているんだろう。そんなことを考えながら滞在しているけれど、イマイチわからない。もしかしたら少しずつ暖かくなってきているからわからないのかもしれない。寒くなってから出直した方がいいかもね。

 

この街の夜はとても素敵だ。

人がそこに住んでいるはずなのに、全く人の気配を感じられないから。きっと道路の真ん中で立ってボーっとしていても何にも言われないと思う。街灯はオレンジ色にあたりを照らしていて、路上に残る雪は黒くなっている。人はいない。にも関わらず赤や青に色を変え続ける信号。もしかしたら、こうした妙な孤独感からあの寒々しい空気が生まれるのかもしれない。

 

ここ数日はのんびりと完全に元の生活なんて忘れて過ごした。レイトショーには人がほとんどいなくて快適だった。とことん甘えきった生活を送った、生きていて正解だったと思う。

 

あと数日したら元の生活に戻る、戻れるのかな。

岐阜市玉宮町は飲み屋か服屋か

岐阜市の話を続けると、名鉄岐阜駅近くに玉宮町というところがあった。

岐阜市に住んでいたころは歩いていることが多くて、それをもしかしたら散歩と言うのかもしれないけれど、移動手段がバスか徒歩しかなくて、バスで行くほどの距離でもないから歩いていたのと単純に道に迷っていたのでよく歩いていただけのように思う。

その中で見つけた街が玉宮町であり、玉宮町は飲み屋街だと言われていた。

 

玉宮町にある飲み屋は割とオシャレな雰囲気のところが多く、なんとなく飲み歩いたこと数回、いつも適当に入るが故に店の名前など覚えていない。ジビエなども扱っているお遊食おせんはよく覚えている。みそ焼きおにぎりが美味しかった。思えば、私のみそ焼きおにぎりの完成形はあのおせんのみそ焼きおにぎりなのかもしれない。電気ブランのソーダ割を飲みながら焼き鶏を食べた。朝びきだから半生でも食べられると綺麗な女将さんに言われ、半信半疑ながら食べたら本当に美味しくて驚いた。後にも先にもあんなにジューシーな焼き鶏は食べていないように思う。若い小娘2人で店に入ったものだから、女将さんはとてもニコニコ対応してくださった。常連そうなおじさん達が女将さんと楽しげに話しながら飲み食いしているサマはいつもならば少し苦手なはずなのに、あのときばかりはとにかく楽しげに見えて羨ましいと思った。何かの常連になるということはそこに居続けなければならないということで、それは私にとってはあまり歓迎できない考えであるがゆえに否定的な思いを持ちがちだが、岐阜にいる間はそんなことちっとも考えなかった。他にも、手軽なイタリアンの飲み屋ではワインを飲みながらティラミスを食べ、そばにいる外国人の何語かわからない言葉に耳を傾けるなんてこともしていた。結局あれは何語だったんだろう。

 

そんな飲み屋が軒を連ねる中で、チラホラと服屋を見かける。服屋が空いているような時間には気づくことができず、飲み歩いた後にいつもふと気づく。少しお高めな感じね、なんて思いながら、ああこれいいな、あれもいい感じだな、なんて考えながらウインドウを眺めていた。

 

ある日思い立って玉宮町の古着屋PiLZに入ってみた。この古着屋はとっても好みのお店でした、本当に素敵だった。アメリカのヴィンテージもののリメイクとかもやっている古着屋だった。ヘインズの4XLの白Tは確かここで買った。割と有名な古着屋らしい。割と手頃な価格でいい感じのものが買えるし、店員さんのセンスが好きだと思った。

こんな飲み屋ばかりのところに服屋があるんですね、と話すと、何でもほんの数年ほど前までは玉宮町は服屋ばかりで、飲み屋ができてきたのは最近とのことだった。なるほど、私の認識が違っていたらしい。

岐阜市は昔は繊維の街として栄えていたとのことで、その名残がある。駅前の繊維街はもうシャッター街となってガランとしている。中にはまだ営業している店もあるけれど、通行人もいないようなあの場所でどう続けていくのかが課題なんだろうと思う。そういえば、岐阜繊維街だか何だかで岐阜シャツなるものを作っていた。美濃和紙でできているらしい。ちょっと欲しいがメンズしかない。

 

玉宮町には飲み歩くには十分なくらいの飲み屋が軒を連ねているが、その中には昔からの繊維の街の名残がありつつも、素敵な服屋がたくさんある。昼も夜も楽しめる、そんな場所だった。

 

 

 

 

 

 

岐阜市の柳ヶ瀬商店街あたりにいた

一時期、岐阜市の柳ヶ瀬商店街あたりに住んでいた。

4階の角部屋から見えるのはスナックに通う大人たちが乗り合わせてきた車を停めるコインパーキングと小洒落た一軒家とよくわからないせいぜい5階までしかないようなビルだった。

 

柳ヶ瀬商店街は比較的早い時間にお店が閉まる、だいたい19時には暗くなるような商店街で、岐阜高島屋も柳ヶ瀬商店街の中にあったし、小さな古い映画館、和菓子屋、飲み屋、古着屋があり、休日に過ごすには十分だった。結局休日を満足に過ごすことはなかったけど。

柳ヶ瀬商店街はサンデービルヂングマーケットや柳ヶ瀬夜イチなど新しい風を取り入れようとしていて、とても好きだった。もちろん昔からやっているような喫茶店も雑貨屋も古本屋もあった。

柳ヶ瀬商店街にあるloopという古着屋が好きで、時間があればそこに行っていた。そこはスケーター御用達のようなお店で、店主もスケーターで一見いかつい感じなのに、物腰も話し声も柔らかな素敵な人だった。確かloopでは帽子を買った気がする。そのお店の影響なのかどうかは知らないけれど、夜になって道路に車が走らないような誰もが眠っている時間になるとスケボーをしている音がよく聞こえた。早朝からスケボーをしている音も聞こえていて、なんとなくそれが好きだった。

 

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柳ヶ瀬商店街から少し離れたところに金公園があって、その公園の近くの夜遅くまでやっているカフェ&バーalffoにはいつもDJがいたし、たまにライブをしていた。そこに行くと若い馴染みの人たちが楽しそうにワイワイお酒を飲んでいて、部外者である疎外感と楽しそうな雰囲気への羨ましさと大人になるのも悪くないな、というよくわからない思いを持って眺めていた。きっとみんな若い頃から岐阜に住み、岐阜を愛して、岐阜の中で好きなように生きているんだな、なんて考えていた。岐阜の人はみんな岐阜が好きなイメージがある。

公園にあるブランコに乗りながら、バスケをしている人やスケボーをしている人をPOPメロンソーダを飲みながらよく見てた。みんな夜にワラワラ集まってバスケやスケボーをしていて、キラキラしていた。

週末にはeatという古着屋が0時くらいまで営業していて、あの公園近くは若い人たちの生きている今があった。

その今と昔がうまく混ざり合って反発しあうことなくあるのが好きだった、同時に自分がここで育っていればな、と思っていた。