長い文章を書きたい

長い文章を書きたい人のただの日記

JR東日本銭湯めぐりスタンプラリーを終えて

銭湯の日である10月10日からはじまったJR東日本の銭湯めぐりスタンプラリーを終えて賞品の手ぬぐいをもらってきた。手ぬぐいかわいい。

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https://www.jreast.co.jp/press/2019/tokyo/20190926_to01.pdf

以下巡った順。

 

①大塚記念湯(大塚駅)

宇宙銭湯。脱衣所の天井から宇宙!浴室の壁絵もカラフルでかわいらしい。カウンターで靴箱の札を渡し、脱衣所のロッカーの鍵をもらう。

お風呂は5つ。寝湯と座湯とマッサージ風呂は43度くらい。薬湯は40度くらい、絹の湯はぬる湯で39度くらい。あとは水風呂。

絹の湯がミクロバイブラで個人的に好み!なので絹の湯に長めに浸かった。モコモコとでる泡を腕でかき集めてみたり、すみっこで泡が消えていくさまをみたりした。大塚記念湯はなんかかわいい。ドライヤー無料なのがありがたい。

 

②寿湯(上野駅)

仕事早上がりして上野へ。券売機でチケットを買ってカウンターで渡す。女将さんがスタンプラリーしているなら他の湯めぐりイベントもぜひ、と他のイベントの台紙をくれた。嬉しい。

お風呂は4つ。マッサージ風呂は40度くらい、薬湯はこの日はパンプキン湯🎃でちょっと熱めの44度、露天風呂は40度くらいとのこと。水風呂あり。露天風呂あるのが嬉しいね。外気を感じながらお風呂に入るのってやっぱりすきだ。

パンプキン湯があつめで長く浸かっていられなかったけれど、あの甘い匂いがたまらなくて細々と浸かった。ペンキ絵にパンダがいたり愛嬌たっぷり🐼上野だねえ。

おかまドライヤーが使えるとのことで、ここぞとばかりに体験。子どもにじっと見られた。おかまドライヤーしてから普通のドライヤーで毛先を乾かした。アホ毛があまり立っていないような気がした。ここもドライヤー無料でありがたい!

 

③万年湯(新大久保駅)

新大久保のあの賑やかな街中にある。こんなところに!

券売機でチケットを買ってカウンターへ。タオル1枚無料でお借りできる。タオル借りられるのありがたいよね。脱衣所も浴室もモダン。柔らかい照明もまたおしゃれ〜。お風呂は3つ。ジェット、電気、座風呂が一緒になった湯船は40度くらい、シルク風呂は44度くらいであつめ。あと水風呂。

結構賑わっていた。交互浴をしている人が多かった。交互浴すると体ぽかぽかになるよね。私は水風呂がまだ苦手なので、桶で水をかけるだけにしている。それでも結構ぽかぽかになる。

ドライヤーは20円。このために銭湯に行く前にちゃんと10円玉を2枚用意しておく。自分が出るときにも次々とお客さんが来て、人気の銭湯なんだなあと思った。

 

④熱海湯(飯田橋駅)

神楽坂にある熱海湯。今回の銭湯めぐりスタンプラリーの表紙の写真は熱海湯の男湯とのこと。個人的に一番行きたかった銭湯。なぜなら見た目が良いから。千鳥破風。

熱海湯と書かれた提灯がぶら下がる入り口抜けて、番台でお金払う。先客3名。大きな鏡に高い天井、体重計に2段の低めのロッカー!すき…。

お風呂は2つ。潔し。あつ湯とぬる湯。44度くらい?この日はあつめの設定のよう。体が真っ赤になった。備長炭が置いてあって、その効果でお湯が柔らかい。柔らかいお湯がすき。

風呂桶がケロリンではなくモモテツの広告桶!

短いインターバルで浸かるのと水をかけるのを繰り返すうちに1人だけに。鯉の描かれたタイルとペンキ絵を楽しんだ。大きな鏡の前でコーヒー牛乳を飲む。いいよねえ、この感じ。ドライヤーは30円で1つだけ。大きな鏡の前で髪を乾かす。いい。全てがいい。

 

⑤ひだまりの湯萩の湯(鶯谷駅)

茶店にて紅茶とピザトーストで小腹を満たしてから萩の湯へ。ビル型銭湯。2階の券売機でチケットを買い、カウンターへ。3階に男湯、4階に女湯。広い。

お風呂は5つ。座湯、ジェット、電気風呂は40度くらい、炭酸泉風呂は38度くらい、薬湯はこの日はりんご湯🍎であつめの44度くらい、岩風呂は38度くらい。あとは水風呂。サウナもある。洗い場には椅子と桶があらかじめ置いてある。シャワーとかも新しいのでここは本当に銭湯…?という気持ちになった。

全体的にぬるめなので、ゆっくり浸かっていられる。炭酸泉風呂が大人気で、空くのを待っていた。ぬるいし気持ちいいのでいつまでも浸かっていられそうでした。りんご湯はピンクでかわいい。私は40度超えたくらいのお風呂があった方が嬉しい。あつめのお湯に浸かると銭湯にきた〜!お風呂〜!さいこ〜!という気持ちになる。岩風呂も良かった。この銭湯も大人気。広いし近くにあったら嬉しいだろうなあ。

ドライヤー前にマッサージチェアに座る。背中がとても痛かった。ドライヤーは無料。

2階には食堂があり、お酒も飲めるとのこと。銭湯あがりに飲むお酒、絶対美味しいな。いいな。

 

いつも3軒くらいの銭湯でまわして過ごしているのだけれど、都内にはたくさん良い銭湯があるし、たまには銭湯のために出かけて行くのも良いなと思った。いつでも銭湯に行けるよう、銭湯セットを会社と家の両方に置いておこう。

こういったイベントがあると、いろんな銭湯に行こうという気持ちになれるので、積極的に参加していきたい。銭湯は良い!

 

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寝ても寝ても眠い

どうしたらこの眠気を飛ばせるのだろう。

 

金曜に帰ってきてから日曜の夜になるまで一歩も部屋から出ず、そのほとんどの時間を布団の上で寝て過ごした。午前中に起きて昼すぎにまた寝て、夜に起きてまた夜中に寝て午前中に起きて…を2日。それでもいまとてつもなく眠いのだから、どれだけでも眠れるような気がしている。

とにかく寝ていたので、土日はそれぞれ一食くらいしか食べていない。洗濯機を回しても、回している間に寝てしまい、また洗濯をし直すということを2回もやってしまった。土曜に干せば天気も良くて完璧だったのに!日曜の午後にやっと洗濯を完了させることができた。次は火曜と水曜に連続で洗濯機を回したい。何としてもシーツを洗いたいので。

こういうときは、食事をするにも、ただレンジで温めるだけだとか、お湯を注ぐだけだとか、そういう簡単なことすらしたくない上に、そこそこちゃんとした、つまりちゃんと手作りの温かいものしか食べたくないという状況にある。我ながら面倒だ。土曜は簡単に作ってなんとか食事を済ませたが、日曜になると食材か全くなかったので、やっと外に出ることに決めた。

 

日曜の夜に外に出たのは、食事のためだけではなく、単純に2日ほどまともに歩いていないと月曜歩くのに苦労するだろうということが経験上わかっていたのと、別れた人の荷物の発送をするためでもあった。荷物の重さもあり、腕がガクガクだ。リハビリにはキツすぎた。荷物の発送をしたら妙に悲しくなり、これは空腹からくるものかもしれないと思ったが、そうではなく、本当に自分は悲しく寂しいと感じているらしい。満腹後のほうが悲しくなってしまい、泣き出しそうになったことでわかった。幼い頃、父の車が変わると決まり、それまで乗っていた車とお別れすることになった時、悲しくて号泣したくらいだから、恋人と別れて悲しいのは至極当然なのだと思う。これにあれこれ理由をつけたり、なぜ悲しいのかを突き詰めるのは野暮だし、泣けなくて逆につらいので、悲しいということを受け止めてちゃんと泣こうと思う。ほぼ吹っ切れているのだけれど、これはまあ恋心うんぬんより人と離れる寂しさや悲しさなのだろうと思う。自分は一回一回の恋愛に全力投球なので、別れた後のダメージが結構大きい。日々は進んでいくので、いずれは忘れていくことができる。前回のひどい失恋のときの記憶も、もう定かではないのだから。

 

土日は寝ていただけだが、自分にとっては必要な時間だった。精神を回復させるには今の自分には睡眠が一番なので。そのうち運動でストレス発散できるようになりたい。もう眠いのであしたのお弁当の用意をして、お風呂に入って寝ます。あたたかくしてよく寝て、あしたから元気に過ごしたい。できれば毎日23時前には寝たい。

11/29

大きな仕事が終わった。あと私生活でも一区切りついた。

先週から今週にかけては本当に心身ともに調子が悪くて、それでもなんとかやりきることができた。どうして大変なときに大変なことは重なるのだろう。不思議だ。

やっとウイダーゼリーなしで生活ができそうです。

いろんな人に付き合ってもらいなんとか精神を保っていた。そろそろ一人でも何とかなりそうです。ありがとうございました。

何も食べられず丸2日間。うち1日は寝込んだ。それでも部屋を掃除しようと何とか掃除だけし、翌日は1時間おきにトイレで号泣。何とか食べられる、大丈夫と思い、食べるも結局その後お腹を壊すという情けない状態が1週間。ちょこちょこ号泣。いやー、いいデトックスになりました。二度とこんな思いしたくないけど。こう、自分はあまりにも一人でいることから離れすぎていたということに気づいたし、もっと一人でも楽しめるはずなのに寂しいとか何とか考えてしまっていた。今は一人でいろいろできることが楽しみになっている。趣味を充実させたい。

 

上京してからというもの、それまでの生活とのギャップが埋まらず、どこかずっとつらいままでいる。とにかくつらい。自分のつらさでいっぱいいっぱいだ。どうして私ばっかりと思ってしまうことが多いけれど、そんなことは絶対にないし、人には人のつらさがある。優しくしたい。

仕事がつらいというよりも、本当にただただギャップによるものでつらくて、これはまあ割と誰でもそうらしいので、こんなもんかと思う。仕方ないことなんだよな、このつらさは。慣れるしかない。

つらいとなると寝込まないといけない。本当に部屋からでずに完全にスイッチを切っている時間が自分には必要で、「部屋から出なくても平気」ではなく、「寝込まないと通常状態にまで回復できない」というのが正しい。上京してから寝込む日が少なかった。そりゃ精神的にも疲弊するわ。

 

心の拠り所を生きている人間にしてはいけないということも、一人でも何とか生きていけるようちゃんと保険に入ったことも、職を得たこともすっかり忘れていたよ。

でももう全部やめたいね。全部。

11/11

銃社会だったら頭ブチ抜いてるなって感じで月曜が始まった。

 

わーっとなっている人を目の前にするとだんだん冷静になっていく。不思議なものだ。久しぶりの残業が発生した。

帰り道、ローソンに寄ってバスチーを買う。ローソンのバスチーを先週末に初めて買い、食べたらまあ美味しくて、手軽に買えるなんて有難いことよねと思い月曜も買って食べる。帰り道にあるカフェのどっしりとしたチーズケーキも美味しいが、たまにはコンビニなどの軽く買えるチーズケーキを食べたくもなる。

 

帰り道、自分の高校の制服がどんなものだったのか、ノーカラーだったとかブラウスが丸襟だったとかブラウスに校章の刺繍が入っていたとか、そういうことがぼんやりとしか思い出せない。ノーカラーだったかなあ。ブラウスは丸襟だった。ブラウスに刺繍は入っていたけれど、あれは校章だっただろうか。細かなことはどんどん隙間から溢れ落ちていく。好きだった人のことも、仲の良かった友達の声も、忘れていく。寂しいという感じではなく、ただただ忘れてしまったということだけがある。今のことも忘れられるのならそれがいい。歯を食いしばってばかり毎日なんて忘れられたほうがいい。

学校に行きたくなかった小学生の頃、日曜の夜に家族で楽しくご飯を食べてケーキを食べた時のことを今でも思い出す。それはこの時間がずっと続けばいいのに、とはっきりと思ったからだ。いい思い出なのかどうかはわからないが、はっきりと覚えている。あの気持ちがまさかこんなにも長く自分の中に留まるだなんて思わなかった。どうしても、どうしても朝を遠ざけたくて夜眠ることがなかなかできなかった。あの楽しさを忘れられないのと同じように、時間が進んで日常を受け入れたくない自分がずっといる。楽しいことだけをなんとか残したい。楽しいことだけを。フラッシュバックする嫌な思い出をすべて隙間から落として、楽しかったことだけをすんなり思い出せるようにしたい。どうしたらそうなれるだろう?

楽しかったこと、楽しかったこと、楽しかったこと。すんなり思い出せないのは、きっと疲れているからだ。

11/5

三連休明け。仕事に行くのがめちゃくちゃ憂鬱になると思いきや、上司がいないことを思い出し、それに伴って朝の会議もないと気づき、気が楽になる。お弁当もちゃんと詰めて、ちょうどいい時間に部屋を出られた。自転車に乗るのも気持ちいい。1日のんびりと仕事。今は待つしかない。のんびり仕事をすると気分的に穏やかでいられる。今後忙しくなるのは確かだが、その時までは待つしかないとわかっているからこと穏やかなのかもしれないな。いつだって穏やかに過ごしたい。追いつめられると外に出られなくなる。

 

帰りに自転車のメンテナンスに行く。モコモコの上着だったので、店員さんにもう寒いですよねえと言われる。グローブをつけたほうがいいという話をした。スーパーで豚肉とヤクルトとじゃがいもを買う。最近じゃがバターにハマっている。アツアツホクホクはたまらんよ。

 

三連休初日は筑波山に行った。天気よし。個人的には霧がかった筑波山を希望していたが、見晴らしが良い筑波山もまたよかった。山に行きたくなるくらい仕事をする、ということを何かの誰かのインタビューで読み、ああそれってステキね、なーんて思い自分も仕事をそれなりに頑張り、山に行くことにした。山に行くのは良い。週末は山に行けると思うとデスクワークもましになる。筑波山では、ケーブルカーとロープウェイを利用したけれど、それでも多少散策するだけで気分が晴れる。最近知り合った人が、山登りに誘ってくれたので、本当にチャレンジしてみようと思っている。連絡先知らないけど。きっとまた会えるだろう。

濃霧の山に行きたい。

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三連休2日目と3日目は記憶がない。カレーを食べた。銭湯に行った。それだけだ。

一人で過ごす休みというのは本当に布団の中にいるだけで終わる。外に行くということや本を読むということがない。テレビやスマホをだらだら見ているだけ。あーあ。本当はもう少しいろいろやるべきなんだけどなあ。それでもそういう休みがないとしんどくなるのはわかってるんだ。でも外に出たい、もっと休みにいろいろやりたいと思っている。自転車乗ってコーヒー飲みにいくとかさ。次の土曜こそは合羽橋に行きたい。

 

 

10/28

別につらくなんてない、ただただ朝起きて時間に追われるように部屋を出るのが嫌なだけだと思っていた。でも、ポロっと仕事がつらいと出てしまった。つらいのだろうか?楽しいかどうかは微妙、それだけははっきりわかる。多少楽しいこともある。そもそも楽しいというのがどんな気分なのか考えるとよくわからなくなる。

 

もしかしたら、自分は一人で暮らすのが苦手なのかもしれない。実家に帰りたいのかもしれない。もっと頻繁に実家に帰れるところで働くべきだったのかもしれない。かもしれないばかりが続いていく。でも私は東京の寂しさに満足している。寂しいけれど、満足している。このしんどさだって自分で選んだことだし、わかっていたことだ。想像していた通りだ。泣き喚くほどのこともないし、この想像通りの寂しさとしんどさを嫌いになることはできない。面倒だとは思うけれど。

時間はどんどん進んでいって、歳をとったから今があるとわかっていながら、私はいつまでもいつまでも小学6年生に戻りたいと願っている。

 

人によく会っていると距離感がどんどんわからなくなる。人に会わなくてもわからなくなるけれど。やっぱり誰かといる自分より一人でいるときの自分のほうが好きだ。例外もあるけれど。

自分がやりたいことは一体何だったのだろう?仕事以外の私生活の部分で。仕事は義務教育時代と同じで(学ぶ姿勢うんぬんではなく)毎日のただのルーティンであるという感じがする。それに、自分はやりたいと思ってずっと憧れていた仕事のそばにいる。なので仕事はそういう話はしない。まだできないだけなのかもしれないが。

私生活でスマホを触っている時間が随分と長くなってきて、もっと他のことに、もっと一人でいることに重きを置きたい。自分との距離感を見直したい。なんだかいろいろ見失っているような気がする。最初から何も見えていないという可能性はかなりあるが。

 

きょうはヒートテックを着たら腕がかぶれました。他の家から味噌汁のいい匂いがします。誰にも迷惑かけず、心配をかけず、ちゃんと自立して生きたい。

濃霧

秋冬の個人的な服のテーマを「濃霧」に設定した。2018年の秋冬もそうだった。2年目です。

 

2018年の秋冬は、あまりこのテーマ通りの服を着ていなかった。なので、今年はより「濃霧」を意識し、着心地良く、体を冷やさず、全体のバランスをうまく整え、私生活を見せないしなやかな服を身に付けたい。

 

「濃霧」とテーマを設定したものの、その「濃霧」とは何なのかを最近服を見るたび考えている。

2018年度では、ただ単に「濃霧」そのものをイメージしていた。しかし、今年度は「濃霧」が発生している森のイメージまで落とし込むべきではないかと考えている。つまり、2018年度では白など淡い色で仕上げようとしていたが、今年度の森の中の濃霧となると、葉・木の幹・土・落ち葉・苔・石などの色の要素が増える。そして、今年度の「濃霧」は2018年度の「濃霧」より冷ややかなものとしてイメージしている。2018年度は柔らかで軽やかな、何も見えない中を楽しむようなプラスの感情が大きかった。今年度は白く覆われた森の中に佇み、そしてのまれていく、楽しみではなくもうそこから出ないことを選択した、どちらかと言えば諦めに近いようなぐったりとした重みのあるイメージだ。つまり今年度の「濃霧」は重さと軽さのバランスが重要だ。それは服の素材でもあるし、色味でもある。重さを重要視しつつ、霧の軽さも同時に取り入れたい。

 

そういうわけで、今年度のテーマ「濃霧」をもとに服を選んで着たいと思っている。

まずは具体的に「濃霧」をイメージするため、筑波山にでも行こうと思います。