11/10

 

11月になった。いろいろと出さなければならないものが多い。年末に向けての準備もあったりなかったりする。1年ぶりくらいに毎朝To Doリストを書いている。それやらないとわけがわからなくなって何をすればいいの?えっこれの期限いつだっけ?きょうの夜までに提出?とか普通にやってしまうので・・・。スケジューリング能力も何かをやり遂げる能力も低いから自分で自分にまじですか?って突っ込んでいる。まじなんだよ、私自身が使い物にならないことって。助けてほしい!こういうときに人との対話が必要だったと気づく。人に助けてもらわないと何にもできないけど助けてもらうことも苦手だからつくづく自分が嫌だなと思う。でもこういうときに助けてくれる優しい人もまれにいるので助けを求めていこうと思います。おそらく忙しいであろう時に申し訳ないな。最近はそうやっていっぱいいっぱいになってイライラするとお菓子を作ってる。お菓子作りはイライラしたときにやると落ち着くし美味しいし次はこうしようとか考えられるから好き。ゼラチンは白ワインでふやかすとゼラチン独特の香りもなくなるし水より早くふやけるそうです。そんな毎日を過ごしてます。

すごく好きなアーティスト(?)の人が自分がゲイだとカミングアウトしたことについて書いているブログを読んでいた。とても魅力的で面白い人で大好き。最後に書いてある文章に感激した。誰かにとって重たい気分になりませんようにってすごいよね。私はそこまで考えがいかないのでこの人の豊かさや穏やかさに憧れる。

そういえば最近は久しぶりにtumblerを使っている。Twitterで投稿するより長文かつ見ている人が本当にいないので私的なことをバンバン投稿している。見ている人がいたらどうしよう。見返すと自分の文章があまりにも面白くないことや暗いことや役立たず感や見せかけばかりがうまいことにうんざりする。少しでも文章がうまくなっていくといいなと思う。比喩表現とか使ってみたい。できないので。tumblerには写真を何枚も投稿できるので写真とコメントとかもつけてる。Twitterでもできるけど誰かを傷つけてしまうかもしれないけど言いたいことを言っているのがtumblerかもしれない。でもいろんなSNSやっていると何が何だかわからなくなるよね。これはあそこでここにはあれで、って結局何のためにTwitterでネット用のアカウントを作ったのかよくわからない。でも人を傷つけるようなことってしたくないし、そういうことをした後は落ち込むし自己嫌悪に苛まれるからTwitterでは言えないこともあるよなって最近はよく思う。たいしてフォロイーもフォロワーもいないんだけど。Twitterで味わう甘美かつインスタントな特別感の錯覚に惑わされて変に価値観のようなものを生み出したくない。小娘は小娘らしくすべきだと自分に言い聞かせている。

好きなバンドのセカンドアルバムを買った。きけばきくほどよくなってくるから飽きない。素晴らしい歌詞を書く人たちってどこからその歌詞がやってくるんだろう。具体的な情景があったり数年前の出来事について思いを巡らせた結果だとか。歌詞カードを読み込んでしまうことってあるよね。音楽ってやっぱり好きだな。2017年はあまりCDを買わなかったような気がする。ライブも例年より行ってないと思う。あーでも初めてフジロックに行った。音楽って最高だなって思った。音楽自体は好きだ。うーん、好きな音楽だけだろうけど。真摯に向き合っていないものも好きかと問われれば微妙なので。音楽なんて!と思うのは大抵は他人と関わる中で生まれるものであって、音楽自体は何にも悪くないんじゃかな。好きなものがたくさん増えると嫌いなものも増えるって悲しいね。自分の中で大事にしたくてたまらない音楽は現実の知り合いには絶対教えたくない。ネットの人にはそうでもないんだけど。だからここではそのバンドのPVはっておきます。

本を読んでちょっと寝たら朝だ。起きたら連絡しなきゃ。

 

10/27

後輩の大学生に「メンヘラじゃないっすかw」と言われてはぁ?となった。そもそも他人にメンヘラだと言うのは失礼だと思ったけれどその場は笑ってやり過ごした。前より大人になったなと思うけれど思い出すたびに不快だしこうして文字に起こしているからダメなようにも思う。大学生感覚で人を不快にさせることを平気で言うのはいつかなくなるものだと信じているけれど、それが人を不快にさせるかもしれないということに気付かない限りは無理なのかもしれない。嫌いな人間のが圧倒的に多いから余計に不快だと思ってしまうのかもしれない。やはり大抵の人間はむかつくし嫌いだ、自分より優れているのは確かなんだけど。人をからかうようなことばかり言う人も苦手だしベクトルがマイナスの意味で他人にばかり向いている人が苦手なのかもしれない。まあこれは当たり前か。

最近は本当にとことん人のやることなすことが気に食わないことが多くて自分で自分に辟易する。馬鹿らしいからやめたい。こうやってブログを書くときって大抵異常にイライラして仕方がないときで、普通の気分のときはブログなんて開かない。やることがあるのになかなか終わらないこと、自分のことで精いっぱいなのに他人の行動を気にすること。とにかく私は自分のことでいっぱいいっぱいだ、愚かなことに。

精一杯大人ぶった女の子、結局年齢に合ったものの考え方しかできていない。強がっていることでかっこよく見せたいんだろうな。最近の彼女は全てが痛々しい。

ピアスの穴を耳にあけていない理由について、いつか大河ドラマに抜擢されたら困るからって言ってたけど、本当は年頃になると女の子がそろいもそろってピアスの穴をあけることに対して嫌悪感があったから。今までのしがらみから解放されたと言わんばかりにピアスをあけて髪を染めてそれが個性だってね。それも結局同じようになってしまうのが不思議だった。でもそこからみんなそれぞれ違った服装になっていくもので、高校を卒業して20歳になるころになるとよくわかる。ピアスをあけないことについて、その他の痛そうだとか耳たぶが分厚いからすぐ閉じそうだとかいう理由は後付けだった。いっそのこと早々とピアスの穴をあけておけばよかったな、中学生のときとか。どうせ大して友だちもいなかったから問題にもならなかっただろうな。最近は軟骨とかに開けたいと思ったけど今後のことを考えるとやめておいたほうが得策だと思った。ピアスとはもう縁がないかもしれない。

この間みていた映画ではみんな帽子を被っていた。夏にはキャップをよく被っていたけれどそれ以外の季節では帽子を被らない。その映画をみて今年は被るのもいいなと思った。ベレー帽を買おう。

10/25

一度書いたのに消えた。驚くほど腹が立ったし虚しくなった。全てが無駄になったな、って。でもこの日記なんてそもそも無駄だしね。それでもまた書くのは一体何なんだろう。書いてみたら内容は違うものになったからそれはそれでいいかなと思う。

iPhone6がもうダメ。3年目にはいりここ数週間は異常に電池の減りが早い上に突然電源が切れる。きっともう寿命なんだと思う。アップルストアに行かなくちゃいけない。新機種に変えるつもりは今のところはない。ちゃんと予約したのでバックアップをとってアップルストアに行けばいいはず。きっと。いや多分。

今まで生きてきた中で一番好きな人のことを久しぶりに思い出して考えていた。共通の知り合いについての連絡が来たからなんだけど。話をまとめるとどうも童貞ではなくなったらしくショックだった。でも自分が予想していたよりはるかにダメージは少なかった。きっと恋愛としての好きというより人間として好きだったんだと思う。今でもたまらなく好きだ。憧れでもある。その人は私が近づけば近づくほど遠ざかっていく人だった。遠ざけられるというほうが近いかもしれない。人に優しくされるのが苦手で(苦手というか嫌いなのかもしれない)、理解されたいのにされたくない。優しくしてほしいし軽蔑してほしい。自分がこの世で最も愚かだと思っている。そんな人なんだと思うけれど、実際のその人のことなんて私は何一つわからない。実家がどこにあって今はどこに住んでいるかとかしかわからない。その人にとって私は大変面倒なやつだったろうなと思う。でもたまに優しくしてくれて嬉しかった。とてつもなく不器用だったけれど。その人のことを理解しようとか考えるほうが馬鹿なんだと思うし踏み込まれたくもないんだと思う。私だって誰かに理解なんてされたくないししてほしくもないって思ってる。誰かのことを理解したフリをして優しく慰めることがだんだん上手くなってきても結局自分が助けてほしいときに自分に声をかけることもできない。助けてほしいときにどう他人に説明すればいいかもわからないし深入りされたくもないから平気なフリして時が経つのを待つ。大体のことは時間が解決してくれる。その人との距離感もきっと時間が経てばわかる気がする。まだわかっていない時点でダメかもしれないけど。自分がどうしようもなく恋い焦がれる人間ほど仲良くなれない。パニクって変なことをしているからだと思う。つくづく自分に腹が立つ。いつになったらまともになれるのかな。

きょうはバタフライエフェクトについての講演を初めて知った。それだけで何となく満ち足りた気分になった。それ自分では何にもしてないから。馬鹿だね。もっと生産性のあるようになりたい。あと話している時自分の日本語がところどころ怪しいのもなんとかしたい。

冬服へ

衣替えをするたびに、自分の手持ちの服が全てかわいくてお気に入りばかりで嬉しくなる。そのシーズン着ないこともあるけれど、お気に入りだから捨てることはせず一旦眠らせておくことはよくある。するとあるときふと着たくなったりする。

冬服は当たり前だけどニットがたくさんある。白が3枚と茶色と黒と赤とベージュとグレーの間みたいな色のものがそれぞれ1枚ずつ。タートルネックが多い。今シーズンこそ、モコモコの白のフィッシャーマンニットか白のフレッドペリーのチルデンニット、くすみピンクのモックネックニットのどれかがほしい。ついでにシンプルな黒のタートルネックで洗えるウールのニットもほしい。現時点では、だけど。

気に入ってよく履いていた無印良品のメンズのデニムがもう膝が出てきてしまってダメになってきたので、ワイドではなくストレートの濃い色のデニムがほしい。できればハイウエストで…。あとは薄色のリーバイス505がほしいな。これはできれば古着でいい感じのやつがほしい。キャメルのコーデュロイパンツもほしい!ゆったりめで温かそうなやつ。黒のコーデュロイパンツは持っているけれど、黒よりキャメルとか白とかのが今はほしいな。車に轢かれにくそうだし。軍チノもほしいけど、なかなか合うサイズがなくて難しい。合うものを見つけたらそれはきっと運命、のはず。今年は軍モノを適度に取り入れていきたいな。

きっとここに挙げたもののうちひとつかふたつくらいしか買わないと思う。単純にほしいものも変わってくるだろうし、今後着るかとか必要かとか理想のものに巡りあえなかったとかいろいろありそう。長ーい目で見てほしいね。

着たいな、って思う服のパターンが珍しくいくつか出てきている。はやく試したい!

ハーブ栽培をはじめた

最近ハーブの栽培をはじめた。レモンバームとジャーマンカモマイル。

なかなか寝付けない日々が続いていて、ハーブティーとかで不眠解消することができるみたいな話をきいたので、ハーブをはじめてみるかと思った。ちょうど部屋に植物がほしいなと思っていたところだったので、いっそ栽培してみるかと。ホームセンターに198円とかで売っていた。しかも割と種類が豊富。頼れるのは大きなホームセンター。天気がいい日に鉢に植え替えた。

ハーブ栽培は部屋の中で行う。問題はここからの寒さ。そして最近の長雨による湿気も問題だ。夢の中でハーブに水をやるくらいハーブのことを気にしている。色が悪くなった葉はこまめに切っているし。いつも全く面倒をみないので珍しい。こういうときはすぐ枯らす。だからそろそろ今までくらいの雑さで育てていきたいなと思う。

ちなみにまだハーブティーをいれたことはなくて、まだ少しビビってる。本当に美味しくできるのかな、とか。一番やりたいのはレモンバームを入れたバターをトーストに塗って食べること。美味しそう。ハーブをお風呂にいれるのもやりたい。

ハーブは置いておくだけでいい匂いがするからすごい。穏やかな心と安定した生活を手に入れたいな。

10/3

人の気持ちや考えていることがわからない。当たり前と言えば当たり前なんだけど。小説やらに出てくる登場人物の気持ちはわかるのに現実の人間の気持ちなんて全く想像できない。想像しようとしていないのかもしれないけど。他人のことは全てそういうこともあるのかと思って自分と共通項なんてないと思う。これが時には傲慢に見えるのかも。もっと他人のことをわかりたいなと思うようになった。もう少し前は他人のことを尊敬できるようになれたのにその前の他人を全くわからない状態に戻りつつある。おそろしい。他人のことを考えて行動できるようになれたらなと思う。

 

自分一人でいるときは当たり前だけどしごく大人しいと思う。というか暗い。だけど他人と一緒にいるとつい明るくバカみたいな振る舞いしかできなくなる。間を持たせようとかでワーっと話してしまう。こんな話、前にも書いた気がするな。いつだって落ち着いた人間になりたい。今年度中はそれを意識しながら生活していきたい。少し前はスカした人間になりたいなと思っていたな。

 

この間、久しぶりにパスタを食べた。ナスのボロネーゼとか好きだ。次はカルボナーラとか食べたい。

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自販機のなぞかんに思い通りのジュースがでてきたのは私がラッキーだったわけでも何でもなくて、なぞかんからでてくるのはいつだってそのジュースだった。

写真が好きだ

私はよく写真を撮る。人の写真を見るのも好きだ。何気ない風景を撮った写真が特に好き。あまりにも作られすぎた写真は個人のものではあまり見たくはないなと思う。過食気味。

 

写真は好きだし記録のためにはとても便利だ。そして何よりわかりやすい。写真全てがそうだとは言わないけれど、わかりやすいものが多いんじゃないかな。わかりやすく消費されるものはすぐに忘れ去られるしそのわかりやすさだけのものや表面上の美しさだけに興味がある人とは相いれないんだけどね。写真って本当にわかりやすいし記録するのにちょうどいいけれど、何かを写すには写しすぎるし何かを表現するには表現しなさすぎるときがある。何かにフォーカスして表現する場合、そのときの悲しさの細かなことではなく悲しいというその事実だけを写しすぎる。その悲しさの細やかな情景についてを表現するのは写真では難しいのかなと思う。もしかしたら素人だからかな。写真家の人たちの写真をあまり見たことがないからそう思うのかもしれない。おすすめの写真家がいたら教えてください。

表面的に美しいだけの写真を撮るには角度だとか光の加減だとかそういったもろもろで可能なんだろうけれど、撮られた人や場所や物と撮影者との独特の距離感や空白とか愛しさを出すのが本当に難しい。かといって彼女を見せびらかすような写真が好きなわけでもない。安達祐実を写した彼女の夫の写真は好きだけど。撮影者のことがのぞけるような写真が好きだ。インスタグラムやツイッターはそういった個人の写真がたくさん見ることができる。その分、表面的なものも多いけれどそこには個人的な違和感があるからスルーできると思う。もしかしたら先入観で打ち捨てる馬鹿みたいなことしている可能性もあるけれど。そういった写真を見るのは元気があるときだけにしたいな。ちなみに、友だちの幼少期の写真や家族のアルバムとかは大好きです。ああいった写真がもっと見たい。愛しさが溢れているよね。

写真をたくさんツイッターにアップするので迷惑だなと思っている人がいるかもしれない。ごめんね。でも私は写真が好きだしできるだけ自分の見たものを記録しておきたいから許してほしい。そしてそれを人に見ていいねされるのって嬉しいものだから。たまに自分が表面的に美しいだけで何の記録でもないような投稿しているときがあって自分の矛盾に吐き気がすることもあるんだけどさ。言い訳がましくなってきたのでやめます。