どこにも行けない

結局どこにも行けない

美しい何か

個人的に人間として好きな人が美しい何かを愛し大切にしていて、私にもそういうものがあるだろうか、と考えだしたのがそもそものはじまり。

 

私は自分の好きな音楽を誠実でないというか人間性をどうにも受け入れられない人が聴きはじめてあーだこーだ言われるのがとてつもなく嫌いなんです。ずっと何でこんなに嫌いなのかな、と考えていたんですけど、おそらくその音楽が自分の中で美しく個人的感情の上で大切なもので、ある一定の人たちに言及されることによって汚されたように感じているのかもしれないな、と思ったんです。他にも、自分が好きで好きで仕方がなくて美しいと感じているものについて、他人から何かを言われることで汚されたように感じることがあり、それによってその美しい何かから離れてしまうこともありました。まだ誰も触れられないほどのものになっていない状態でいるから余計に汚されたとか考えているのかもしれないけれど。言及されることによって汚されたと思うのって、本当に一部の自分にとってどうにも無理な人だけではあるのですが。

何にせよ、自分にとって美しい何かは存在すること、そしてその美しい何かを汚されたくないということ、汚されたくなければ誰にも見せず一人で楽しむことがわかりました。今のところの私の信じている美しい何かは実体がないから良いです。そして、私はその美しい何かがどう美しいのか、どの部分がそこまで自分の心を揺さぶるのかは私だけの感情であり私だけが知っているということを理解する必要があると思いました。

いつかは自分の手で美しい何かを作ってそれを愛でていきたい。